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左右とは?/ キャッシュワン

[ 1410] 左右 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A6%E5%8F%B3

観測者にとって、前後(縦)と上下(高さ)の方向が定まった時に、左右(横)の方向が決まる。前後、上下とは直角に交差し、左と右は互いに正反対である。
日常的には、方向としての左と右を意味するが、次の項目のようにその他の場面においても様々な意味に用いられる。又、日本語では、左右が物事の善悪や成否の意味で用いられる例があり、「日本の将来を左右する」「運命を左右する」などに例が見られるが、この左と右とのどちらが肯定的か否定的かは問題とはされない。
人間にとって、上下は重力の方向を、前後は自己の進行方向を示すというようにはっきりと異なる意味を持つのに対して、左右にはこのような価値の差が判然とは存在しないために、様々な混乱が生じる。
x(左右)、y(前後)、z(上下)を人間から見た相対的な方向として示している。この図では右、上、前が正の方向、左、下、後が負の方向となっている。左右はこのボクシング選手から見たものであり、観察者から見たものではない。
右、左は幾何学的に定義できない。互いに直角に交わる3つの軸が、それぞれ前後の軸、上下の軸、左右の軸となる。前(または後)および上(または下)が定まったときに、残る軸が左右の軸であるが、どちらが右でどちらが左であるかは右と左をそれぞれ図で示すことでしか説明できない。
それが一般的通念として世界共通に利用できるのは、ヒトの体がほぼ左右相称であるが、心臓の位置や利き手などの非相称性が共通に存在するためである(「どっちだっけ?」「お箸を持つ方だよ」というよくあるやり取りがそれを示している)。それが利用できない条件では左右はほとんど確定できない。たとえばここにあるボクサーの写真が左右反対に印刷されていたとしても、文字が書き込まれていない限りそのことは判断不可能である。
より基本的な自然現象の範囲では、ほとんどの現象は左右対称性が見られる。つまりほとんどの場合、鏡に映った像と実際の姿を区別することはできない。ところが、いくつかの重要な事例において、左右が対称でない場合、あるいは左右対称であっても同一でないと見なさねばならない場合があり、その際の方向を指示するためにも左右は使用される。
たとえばすべての辺の長さの異なる不等辺三角形は三角形の頂点ABCを右回りに振った場合と左回りに振った場合の二通りが書け、両者は同一平面上ではどのようにしても重ね合わすことが出来ない。しかし、ユークリッド幾何学では三辺の長さが等しい三角形は合同であるとして、幾何学的にはこの二つを区別しない。
このように、平面図形では形としては同じでも、平面上ではどのように移動しても絶対に重ね合わせられない形が存在し、それはいわゆる鏡像である。ただし、我々の空間の中ではこのような図形は持ち上げて引っ繰り返せば重ね合わせられるので、これらを合同と見なす。それに対して、空間図形の場合、我々の空間の中ではこれを引っ繰り返すことはできないから、絶対に重ね合わせられず、これらを区別せざるを得ない。それに対する名に右と左を使う場合もある。
電流の流れる向きを前、磁力線の向きを上とした場合、力は右に向かって働く。フレミングの法則などを参照。
素粒子の世界で働く弱い相互作用(例:原子核のベータ崩壊)では、左右の対称性が破れている。これをパリティ対称性の破れという。
左右不対称な分子はキラルであるという。キラルな分子の鏡像体同士は物性、化学反応性がほぼ一致しマクロな方法での分離が困難である。これを実現するのが不斉合成である。これらを区別する名称として、かつては右旋性・左旋性という語も使われた。光学異性体・旋光を参照。
なお、この例は、生物学においても重要である。というのは、生物において最も重要な物質と言ってよいタンパク質の構成単位であるアミノ酸がこの性質をもつからである。実際の生物の場合、利用されるアミノ酸はL 型(左旋性)に限られており、D型(右旋性)を利用することはできない。なぜ生物がL 型しか利用しないかの理由は不明であり、むしろ、生命の起源に関する理論がこれを説明することを求められる。
生物の発生においては、左右の形態の差異を生じるのにレフティ遺伝子が関与していることが示されているが、詳細は未だ解明されていない。
台風やサイクロン、ハリケーンなど熱帯低気圧の渦の回転方向は北半球で発生したものと南半球で発生したもので逆である(北半球では反時計回り)。これはコリオリの力による(ただし、発生後に赤道を越える進路を取る場合があるので、北半球の熱帯低気圧はすべて左回り、あるいはその逆というのは誤り)。
左右の区別を純粋に論理的に区別することの困難さについては、後述の左右の定義は伝達できるか?も参照されたい。
たとえば人間が向き合った状態では、自分の右手側は相手の左手側になる。相手が人間の場合は、相手の側に立った方向を指示するのが普通だが、物が相手ではそうでもない。その場合、自分の側に立った方向で左右を決める。この決め方を向かってという。向かって右側、などと言う。たとえばオーディオに於けるスピーカの位置はこれで表示する。
平面上の回転については時計の文字盤に合わせて表現することがある。時計の文字盤は慣習的に(立てた状態で)上に12を、そこから向かって右下に向けて1、2、3と数字を振ってあり、時計の針はこれを追う方向で回る。そこで時計の針と同じ方向の回転を右回りまたは時計回りと呼び、その逆を左回りまたは反時計回りと呼ぶ。
螺旋が平面上にある場合にはひっくり返せば鏡像が得られるから両者を区別しない。しかし、立体的になっている場合、たとえばつる植物や巻き貝、バネやねじなどでは右巻きと左巻きを区別しなければならない。ただし、その方向の決め方についてはやや混乱があり、分野によっても異なる。右手を軽く握り、親指を立てたときに四本の指先方向に回すと親指側にねじ込めるものを右ねじという。これについては右巻き、左巻きを参照。
川の両側の名は、川の流れる方を向いた形で決める。川下に向かって川を見た時、左側の岸を左岸、右側の岸を右岸と呼ぶ。ただし、地名としては逆に使われている例もある(川#川の用語参照)。
人体に見られる左右の不対称性は、我々が左右を区別する必要を感じる基礎である。直接にその体で操作する機械や、体を用いるスポーツにおける左右の違いはこれに基づく。
人間には一般的に日常生活において、左右いずれかの手のほうが器用に動かしやすいことから、これを利き手として用いることが多い。
日本においては、文字を書く場合や食事において、右手に筆記具や箸をもつことが一般的とされ、家庭によっては、左利きの子供を無理やり矯正しようとする場合もある。
足にも手と同様に利き足が存在する。利き手のように目立つことはないが、利き足の方がそうでない足より蹴る力が強い。 そのため、砂漠などの広い土地で目印を定めず直進しようとすると、直進することができず、利き足とは逆回り(右利きの場合左回り)の巨大な円を描いてしてしまうことがある(リングワンダリング)。
生物の内臓は、左右に非対称性が見られ、例えば人間の場合、通常は自分から見て、心臓は左側にあり、肺は左右にあるが右側の方が大きい。また肝臓は右側に大きく偏り、胃は左、盲腸は右、ついでに腸の配置は対称性がない。この状態は「正位」と呼ばれる。しかし、稀には臓器が左右逆の位置にある者もあり、これは「逆位」と呼ばれている。全て逆の人もいれば特定の臓器のみ逆転している人もいる。
動物の脳はほぼ左右対称な形状をしており、大脳および小脳は左右の半球に分かれて存在している。大脳は反対側の半身の、小脳は同じ側の半身の運動・感覚を担当しているが、それぞれの半球の役割は同等ではない(脳機能局在論)。その差は特に大脳で著しく、優位半球と呼ばれる側の大脳が論理思考、言語など主要な精神機能を司る。逆の劣位半球と呼ばれる側は空間認識に関わっているなどが明らかになっているが、まだ十分に解明されてはいない。また、両側大脳にあって短期記憶を司る海馬も優位側は言語的記憶、劣位側は非言語的記憶に関わることが知られる。右利きの人間のほとんど(約95%)で優位半球は左、劣位半球は右である。左利きの人間の場合にはあまり一定していないうえ、優位半球と劣位半球の区別が明確になっていないことも多い。
生物一般の場合も、たいていはヒトと同じで、ほぼ左右対称ながら、一部に不対称が見られる。全く左右対称でないのが植物の場合で、葉序や枝葉は螺旋であったり交互であったりという状況である。ただし葉一枚や花などについては対称性が見られる。その点は藻類や菌類も植物とほぼ同じである。
動物では個体としては左右対称性が見られるものがほとんどである。たいていの場合、外部形態においても内部形態においても左右相称なのが基本である。ヒトの場合の主な不対称は心臓と肝臓の位置、及び消化管の配置である。しかし、これらも本来は左右対称な形である。心臓もその発生からは体の中央にあるべきものである。消化管も口から肛門までの長さであれば真っすぐに配置するはずで、他の動物群においても体長より長い消化管を持つ場合、その配置は不対称である例が多い。
大抵の器官は中央に一つ生じるか左右に対をなす。左右どちらかが退化することで左右不対称となる例もある。たとえばオタマジャクシの内鰓の出入り口は左側だけにある。
よりはっきりした不対称が見られるものもある。たとえばヒラメやカレイでは体側面を下にし、反対側に両眼が移動している。他の魚の鱗を食ういわゆるスケールイーターでは獲物をねらう向きによって顔が歪んでいる種がある。化石動物のホマロゾアは体が全体に左右不対称となっていた。
さらに左右不対称がある例に軟体動物の腹足類がある。この類では、殻が螺旋状に巻いているので、左右が不対称になっている。それだけでなく、その進化の初期に体がねじれたと言われており、内臓や神経系の配置に独特のねじれが見られる。なお、そのねじれが戻ったと見られるものもある。
また、これらの動物では殻の巻き方に左右両側のものがあり、それぞれ群によっておおよそ決まっているほかに、その中でも種によって異なっている。たとえば陸産貝類ではカタツムリは右巻きで、キセルガイは左巻きである。そしてカタツムリ類にも左巻きの種が散見される。
この巻き方の差異は生殖隔離の仕組みとしても働いている。カタツムリ類の生殖器は体の片方によっており、二頭が行き違う形で交尾が行われるが、巻きが逆のものでは生殖器のある側が反対になるため、交尾が成立しない。このことから、巻きが反対になる突然変異が起きれば、それが種分化の機会になる可能性も指摘される。なお、巻き貝全般では同種内で両方の巻き方がある種もある。
道具や機械によっては、急須などのように右利き専用に作られているものも多い。これについては利き手を参照されたい。
陸上のトラック競技は、左回りで行われる。これは利き足が右である人間が多く、その場合右足の方が左足と比べて地面を蹴る力が強いので、左回りの方が速く走れるためである。競馬のレースは、左回りのものと右回りのものの双方がある。
野球の打者から見た場合、右打ちの選手は左投手との相性がよく、逆も真というのが一般的なセオリーであるため、リリーフ投手が送られる場合には、打者と同じ利き腕の投手を送ることが多い。もっとも、このセオリーには例外も存在し、例えば城島健司(当時福岡ダイエーに所属)は、右打者でありながら、2003年のリーグ戦で放った本塁打34本全てが、右投手からのものである。
また、野球の打撃においては、一塁ベースにより近い左打席に立つ左打者が走塁上、若干有利とされる。このため、右投げであっても左打ちとなる者もあり、さらには左右両打ちの選手(スイッチヒッター)がいる。走塁とは関係なく、利き手をスイングの引き手にする方がバットコントロールをしやすい、個人の利き目の問題、といった理由で、右投げ左打ち(または左投げ右打ち)にする選手もいる。
ボクシングにおいては、「左を制するものは世界を制する」との格言がある。これは、左利きの者の方が右利きよりも有利であることを指すものではない。むしろ、右利きであることを前提として、フィニッシュブローの右ストレートを放つ前に、左のジャブにより相手の防御を弱めることが大切であることを説いている。
ゴルフにおいては、かつては左用のクラブの入手が困難であったため、左利きであっても右打ちを行う者も多かった。例えば、プロ野球の名球会ゴルフを観戦すると、世界のホームラン王で野球では左打ちの王貞治も、ゴルフでは右打ちをしている。
物理的な方向とは別に、右と左は政治的・思想的な立場を表すために用いられる場合がある。右(右翼・右派)は保守的・国粋的な立場を、左(左翼・左派)は急進的・革新的な立場をそれぞれ意味する。これは、フランス革命時の国民議会で、議長席から見て、右に保守派、左に急進派のジャコバン党が座ったことに由来する。→右翼思想・左翼思想
ちなみに、日本の衆議院本会議における政党別の配席については、慣例上、議長から見て右から左に獲得議席数の多い順に並ぶこととされていることから、2004年現在で議長から向かって右側には自由民主党に席が与えられている。
民族には、右と左に特別の意味を持たすことがある。中国では「吉事尚左、凶事右」と左を尊ぶ老子や道教の影響で主に左が尊ばれたが、時代によって左右の優劣が変わり、周は左を尊び、戦国・秦・漢は右を尊び、六朝・隋・唐・宋は左を尊び、元は右を尊び、明・清は左を尊んだ。ここで注目すべきは右を尊んだ時代が荒れ乱れた世が多いことである。これは「君子、居れば則ち左を貴び、兵を用うれば則ち右を貴ぶ」という老子の言葉の通りであるという見方がある。
日本は中国の歴代王朝の中でも特に左を尊んだとされる唐から強く影響を受けており、ゆえに日本では左大臣は右大臣より高位である。なお、漢の時代に周昌伝が漢書で地位を下げることを左遷と表現したが、この言葉は概して左を尊んだ中国では余り使われない。
日本の着物は、現代では通常、男性用、女性用ともにその着物を着る者からみて左側の部分が右側の部分の上となるように着付ける。これを、「右前(みぎまえ)」という。例外的に、死者に着せる和服のみは「左前(ひだりまえ)」に着せる。
日本の和食において、飯茶碗と汁茶碗は、食事をする者から見てそれぞれ左、右に配膳することとされる。また、焼き魚を皿に盛り付ける場合には、食事をする者からみて左側に頭を据えるものとされている。
洋食のテーブルセットは、通常、客からみて右側にナイフ、左側にフォークがセットされている。これはナイフは右手で、フォークが左手で用いるのが一応のマナーとされるからであるが、ナイフを置き、フォークを右手に持ち替えて食べることをアメリカン・スタイルと呼びマナー上も許容されている。
アラブなどイスラム教を信仰する地域や、インドなどヒンドゥー教を信仰する地域では、左手は不浄の手とされ、食事に用いられない。
平城京や平安京の北部にある御所において天皇が南むきに玉座に座ったときに、街の東側は左側に、街の西側は右側にみえることから、東側は左京、西側は右京と呼んだ。京都市の左京区、右京区は、平安京とは地域的にずれるがこれに倣ったものであり、地図上の左右とは一致しない。しかしながら、京都の五山送り火には西と東に二つの「大文字」があるが、こちらは西側の大文字が「左大文字」と呼ばれる。
又、「最左翼」は「極左」という意味があるが、「最下位」という意味も持つ。例:「優勝候補の最左翼」(最も優勝しそうにない人)。一方、右は、上位や幸運を意味する方位とされた。戦前の日本の士官学校では、最上位の者を最右に配置し、成績順に右から左に列べた。最右翼が「最上位」を意味し、最左翼が「最下位」を意味するのは、その名残である。
日本語の表記方法としては、縦書きと横書きがあるが、縦書きの場合には、右列から左列に、横書きの場合には、左から右へと文字が綴られるのが標準である。戦前までは横書きを右から読むことが多かったが、これは1行1文字の縦書きであるとみることができる。また、縦書きを左から書くこともある。
日本において、エスカレーターなどで急ぐ歩行者を優先させる場合のマナーとして、東京では左側に立って右側を空けるが、大阪にいくとこの逆であるとされる。これは1970年の大阪万博の影響である.それまでは、左側に立っていたのだが、このとき以降逆になった[要出典]。
世界には、自動車が右側通行の国と左側通行の国がある。 日本は、左側通行であり、これは道路交通法(昭和35年6月25日法律第105号)第17条第4項に定められている。同様に左側通行の国や地域の多くは、イギリス、アイルランド、オーストラリア、マレーシアなど、旧大英帝国・イギリスの旧植民地であるところが大部分である。(→対面交通を参照)
左側通行では右ハンドル、右側通行では左ハンドルの車の使用が標準となる。日本では左右ハンドル車の運行が共に許容されており、先進国の中では極めて例外的な状況である。
船舶は右側航行が原則とされる。海上衝突予防法(昭和52年6月1日法律第62号)第14条では、2隻の動力船が正面から行き会う場合には、原則的に、それぞれ針路を右に転じなければならないとされている。
航空機は、船舶の場合と同様に右側航行が原則とされる。2機の航空機が、互いに正面から接近しつつある場合には、互に進路を右に変えなければならないこととされる。これは、航空法施行規則(昭和27年7月31日運輸省令第56号)第182条に規定されている。
日本においては鉄道は左側通行である。日本統治時代に鉄道が建設された韓国や台湾も同様である。しかしどちらも最近建設された地下鉄などは右側通行である。(ただし、韓国の場合はソウルメトロ1号線と韓国鉄道の一部区間は左側通行である。韓国の地下鉄参照。)
唯一、三重交通神都線が複線区間で右側通行だった。但し、単線区間においてホームに進入する際には、線路の構造や、閉塞取扱(の名残)、ワンマン運転における乗客の取り扱いの利便性から、右側通行になる場合がある。
この項目「左右」は加筆依頼に出されており、内容をより充実させるために次の点に関する加筆が求められています。
宇宙人に通信で左右を伝えることができるか?という、興味深い問題がある。相手が宇宙人であるのは、ヒト同士のように、心臓のあるほうが左、といった定義が使えない、ということである。しかも、何しろ遠いので、写真や模型など、実物を送りつけることはできないと仮定する。その前提で、何らかの通信手段のみによって左右の方向を確定するのはどうすれば可能か、を問うものである。
まず重力に対して上と下を定義し、上下軸に直交する1本の軸を前後軸として定義する。その2本と直交する最後の軸が左右軸であるが、さてどちらが右でどちらが左と伝えればよいだろうか。
不可。あらかじめ左右の方向が伝達できていなければ、走査方向が右から左となるか、あるいは左から右となるかが決められない。
不可。これを右ネジの進む方向としているのは約束事にすぎない。宇宙人は左ネジの進む方向として扱っているかもしれない。
可。ただし、偏光が乱れずに通信できる相手に限られる。(なお、このような解答は、ネジのように左右の模型となる物を直接送付しているのと同じで、「通信内容によって左右を伝える」という題意を満たしていないため、ふつう排除される)

 

[ 1411] 映画館のひじ掛け、左右どっちが自分用? | エキサイトニュース
[引用サイト]  http://www.excite.co.jp/News/bit/00091184169528.html

映画館に行くと、いつも疑問に思うのが、左右どちらのひじ掛けが、「自分のもの」かということ。隣席が空いているときは、いいにしても、両側に人がいて、両方とも誰かに使われていることもある。これ、新幹線や特急列車などでも同様で、出張の多いビジネスマンなどは、「隣席の人がトイレに立つスキにひじ掛けをゲットする」など、ひそかな「ひじ掛け争奪戦」をしているとも聞く。本当は、左右どっちが自分用なのか。多数の映画館にイスを納入している老舗メーカー・株式会社コトブキに聞くと、「左右どちらが自分用というのは、特に設定していません。早い者勝ちです」(広報担当者)ということだった。では、実際には、左右どちらを使う人が多いのか。「映画館の話を総合すると、実際には右側を使う人が多いようです。理由はわかりませんが」これは利き腕の問題だろうか。ちなみに、最近は前の座席の背面ではなく、ひじ掛けにドリンクホルダーがついている「一体型」も増えているが、これはワーナーマイカルシネマが日本に出店された1993年からできたものだそうだ。「前の座席についている場合、起き上がってとらないといけないし、前の人にかけてしまう危険性もあります。さらに、今のシネコンは段差がついていて、前のイスが低いので、背面につけるのはムリがあるんですよ」とはいえ、このドリンクホルダー一体型だと、ときどき、「ドリンクホルダーは左側で、ひじ掛けは右側を使う」といった欲張りな人もいたりするけど……。「実は、ひじの問題は、映画館さんでも気にしていて、最近はひじ掛けのスペースを広くして、両側から使えるようにしているところもあるんです。ただ、あまり問題は解消していないようですね。やっぱり隣の人が知らない人だと、一緒に使うのは抵抗がありますもんね(苦笑)」確かに、一連の座席のいちばん端だけひじ掛けが細く、「共有部分」になる間のひじ掛けは、端の2倍くらいの幅になっている映画館って、けっこうある。これ、「2人用」だったのか……。でも、やっぱり他人と共有なんて、ちょっとムリ……。では、新幹線ではひじ掛け問題をどうしているのか。JR東日本に聞いた。「新幹線の車両は、いろいろなタイプがありますが、たとえば、E2系0番台のように『2名がけ』『3名がけ』がある車両の場合、2名がけのほうは必ず片側は使用できますよね? 問題は、3名がけですが、これも特に左右どちらが自分用というのはなく、お客様同士でご協力しあってご利用いただければ」と広報担当者。「いっそひじ掛けを2個ずつつけてくれれば」などという意見も一部であるのだが、「車両の幅は決まっているので、ひじ掛けを増やすと、座席がどうしても狭くなってしまうんです。ですから、今のところ、検討はしていません」とのこと。そりゃそうか。なかなか難しい「ひじ掛け問題」。今日も各地で、ひそかに争奪戦が繰り広げられています。(田幸和歌子)
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