普通とは?/ キャッシュワン
[ 889] 普通 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%B8%B8
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人それぞれである。「自分は普通でありたい」と願う者がいる一方で、「自分は普通と違っていたい」と望む者もいる。「普通の人が好き」な者もいれば、「普通じゃない人間との付き合いの方が楽しい」という者もいる。 何をもって「普通」とするかは、時代によって、文化によって、集団によって、状況によって、それぞれ異なる。2007年時点の日本において、高校生が携帯電話を所有する事は普通になったが、1990年代の中頃までは普通ではなかった。同じく、1990年代半ばまでの小学生男子は、半ズボンを着用するのが普通であったが、店頭からカジュアルタイプの半ズボンが消えた1999年以降は、半ズボン着用は普通ではなくなり、嘲笑の対象とされるようになった。アメリカでは家の中で靴を脱がないのが普通だが、日本では普通脱ぐ。友人間の会話では『運動』がスポーツや筋力トレーニングを指すのに対し、物理学者同士の議論では「物体の動く様子」を指すのが普通である。ビジネスマンにとってのスーツの着用は、仕事中なら「普通」であるが、自宅のベッドで就寝する際だと「普通ではない」。 先述の通り、『普通』は肯定的な意味で使われる事がある。そのような場合、「普通ではない」とされた者の不満を煽る事があるので、『普通』の用法に慎重さが求められる事もある。英語圏で、ポリティカル・コレクトネスの一環として異性愛者を「ノーマル」ではなく「ストレート」と呼ぶようになったのも、その一例である。 『普通ではない者』は、時に攻撃の対象となる。調和を乱す、足を引っ張る、利益を損なうといった理由で、集団から排斥される。これは人間に限った話ではなく、他の動物にも見られる事象である。人間社会において、他の集団から見て理不尽にも思える排斥が、俗に「差別」と呼ばれる。逆に『普通ではない者』ものが賞賛の対象になる時もあり、その集団にとって望ましい結果を残した者、残しそうな者、または特に貢献はせずとも優秀な者などは、集団内で優遇される。この傾向も、人間社会だけの話ではない。 『普通』には厳密な定義が存在しない。それ故、自分の視野を基準にする者、他人の基準をそのまま受け入れ自分の基準とする者、どのようにも定義しない者など、さまざまな勢力が出来上がる。 近年では「普通に良い」など、一定基準を満たしている、または特に問題が無い事を表す肯定的な言葉としても使われている。これは主に関東方面で使用する者が多い。 一方、近畿・関西方面では「普通」とは「平凡・とりえの無い」の意味として否定的に使用されることが多い。 また、「平然と〜を行う」、「当たり前のように〜を行う」という意味として、「普通に〜を行う」というように「普通」を使用する者も増えている。 |